BRASH(ブラッシュ)症候群は、高カリウム血症と房室伝導抑制薬の相乗効果によって引き起こされる、循環動態が不安定になりやすい重篤な病態です。
(高カリウム血症の対応についての記事はこちら)

BRASH症候群とは
BRASH症候群は、以下の5つの病態の頭文字をとった臨床症候群です,。
• Bradycardia(徐脈)
• Renal failure(腎不全)
• AV nodal blockade(房室結節遮断)
• Shock(ショック)
• Hyperkalemia(高カリウム血症)
典型的な臨床像:高カリウム血症を伴う倦怠感や失神(syncope)で受診することが一般的です。顕著な特徴として、低血圧と徐脈を認め、心電図では接合部補充調律(約半数)や洞性徐脈、完全房室ブロックなどが見られます。
病態生理
BRASH症候群の本質は、「高カリウム血症」と「房室結節遮断薬」の相乗効果による悪循環です。
1. トリガー
BRASH症候群は、心疾患や腎疾患の基礎があり、房室結節遮断薬(β遮断薬やCa拮抗薬)を内服している患者において、「急性腎障害(AKI)」を引き起こすイベントがトリガーとなって発症します。
多くのケースでは、些細な体調変化や薬剤調整がきっかけとなります。主なトリガーは以下の通りです。
1. 脱水(循環血液量減少)
最も頻度の高い一般的なトリガーです。脱水により腎血流が低下し、腎前性腎不全(AKI)が生じることで、カリウムや薬剤の排泄が滞り、負のスパイラルが始まります。
◦ 胃腸炎(下痢・嘔吐)や感染症による水分摂取不足。
◦ 夏場の発汗や不感蒸泄の増加(夏場に重度徐脈患者が増えるという報告があります)。
◦ 高齢者の水分摂取低下(Intake不足)。
2. 薬剤の変更・追加
内服薬の調整が腎機能やカリウム値に影響を与え、発症の引き金になることがあります。
• 薬剤の増量: 降圧薬(Ca拮抗薬など)や心不全治療薬(β遮断薬など)の用量を増やした直後。
• カリウム保持性利尿薬の追加: スピロノラクトンなどの追加や増量が、高カリウム血症を誘発する場合。
• 腎毒性のある薬剤の開始: 特にNSAIDsの使用は、腎血流を低下させ腎不全を引き起こす主要な原因の一つです(例:整形外科で痛み止めとして処方された後に発症するなど)
2. 増悪
腎機能低下によりカリウム排泄が滞り、高K血症になります。
高K血症自体も房室伝導を抑制しますが、薬剤の効果と相まって高度な徐脈を引き起こします。
3. 悪循環
徐脈による心拍出量の低下が循環不全を招き、これが腎血流を低下させて腎不全をさらに悪化させます。その結果、カリウムや薬剤がさらに体内に蓄積し、病態が進行するという負のスパイラルに陥ります。
原因薬剤
BRASH症候群は単一の薬剤ではなく、「房室結節を抑制する薬剤」と「腎機能・カリウム値に悪影響を与える薬剤」の組み合わせによって引き起こされます。
1. 中心的な原因薬剤(房室結節遮断薬)
BRASHの “A” (AV nodal blockade) に該当し、心拍数を低下させ、病態の中心を担う薬剤です。1960年代から使用されている以下の2系統が主要な原因です。
• β遮断薬
◦ 特にメトプロロールやカルベジロールなどの「脂溶性β遮断薬」は注意が必要です。これらは腎機能低下に伴って排泄が滞り、血中濃度が上昇して毒性が強まるリスクが高いとされています。
• Ca拮抗薬
◦ ベラパミルやジルチアゼムなどが該当します。大部分のCa拮抗薬は腎臓から排泄されるため、腎機能が悪化すると体内に蓄積しやすくなります。
2. 誘因・増悪因子となる薬剤(腎・Kへの影響)
腎不全や高カリウム血症を誘発し、上記の房室結節遮断薬の毒性を引き出す「トリガー」となる薬剤です。
・NSAIDs
・ACE阻害薬 および ARB
◦ アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬は、急性腎障害および高カリウム血症の発症リスクを高めるため、BRASH症候群の重要なリスク因子となります。
• カリウム保持性利尿薬
◦ スピロノラクトンなどの追加や増量は、高カリウム血症を直接的に引き起こすため、発症のきっかけとなります。
BRASH症候群をどうやって疑うか
BRASH症候群を診断する最大のきっかけは、「カリウム値の上昇が軽度であるにもかかわらず、不釣り合いなほど重篤な徐脈やショックを呈している」という臨床像の乖離に気づくことです。
「純粋な高カリウム血症との違い」を中心に整理します。
1. 「カリウム値」と「重症度」の乖離
これが最も重要な診断のきっかけです。 通常、高カリウム血症単独で著しい徐脈やQRS幅の延長などが生じるのは、カリウム値が 7.0 mEq/L を超えるような重度の場合です,。
しかし、BRASH症候群では
• カリウム値: 5.0〜6.0 mEq/L台といった「軽度〜中等度」の上昇にとどまることが多いです,。
• それにもかかわらず、完全房室ブロックや心停止寸前の高度な徐脈、ショック状態を呈します。
「カリウムはそこまで高くないのに、なぜこんなに脈が遅い(またはショック状態な)のか?」という違和感が診断のスタートラインになります。
2. 「典型的な心電図変化」の欠如
純粋な高カリウム血症で見られる特徴的な所見が見られないことも、疑うきっかけになります。
• 純粋な高カリウム血症: テント状T波、P波の消失、QRS幅の延長といった典型的な変化が順を追って現れます。
• BRASH症候群: 上記のような典型的な高カリウム血症の所見(特にテント状T波など)を伴わず、単に「房室伝導障害(AVブロック)」や「接合部調律」などの徐脈所見のみが目立つことが一般的です。
3. 患者背景と病歴の確認(3つのセット)
臨床推論において、以下の3要素が揃っている患者が、脱水などの些細なイベントで受診した場合はBRASH症候群を強く疑います。
1. 基礎疾患: 高齢者で、心不全や腎不全の既往がある。
2. 内服薬: 房室結節遮断薬(β遮断薬、Ca拮抗薬)と、カリウムを上げる薬(ACE阻害薬/ARB、利尿薬など)を併用している。
3. トリガー: 最近の下痢、嘔吐、夏場の脱水、あるいはNSAIDsの使用歴など、急性腎障害(AKI)を起こすきっかけがある
治療法
高カリウム血症への対応
BRASH症候群は循環動態が不安定になりやすいため、一般的な高カリウム血症よりも緊急度が高い対応が求められます。
① 緊急透析の検討(最優先の判断) 循環動態が不安定(ショック状態)である場合や、内科的治療に抵抗性の場合は、早期に腎臓内科医へコンサルトし緊急透析の導入を考慮する必要があります。これが根本的な解決策となります。
② 内科的治療(透析までのつなぎ) 透析の準備中や、透析導入までの間、迅速に以下の「高K血症に対する内科的治療を並行して行います。⇢高カリウム血症に対する具体的な対応法はこちらの記事もご覧いただければ幸いです。
• 心筋保護: グルコン酸カルシウム(カルチコール®)の投与。不整脈を防ぐために単回大量投与(20〜35mL)などが考慮されます。
• 細胞内シフト: GI療法(ブドウ糖+インスリン)およびβ刺激薬吸入(サルブタモール)を併用し、K値を一時的に下げます。
• カリウム排泄: 即効性のあるカリウム吸着薬(ロケルマ®など)を使用し、体内からKを除去します。
注意点 BRASH症候群の患者は、単なる高K血症ではなく、ショックや多臓器への影響を伴っているため、通常の高K血症治療(利尿薬の使用など)だけでは不十分な場合が多く、より積極的な介入(透析など)の判断を遅らせないことが重要です。
徐脈への対応
ACLSの徐脈アルゴリズムではアトロピンが第一選択ですが、BRASH症候群の徐脈は迷走神経由来ではないため、アトロピンは無効であることが多いです。 アトロピンの投与自体は禁忌ではなく、初期診断の過程で使用することは許容されますが、効果がなければ漫然と繰り返さず、直ちに以下のステップへ移行します,。
Step 1:心筋膜の安定化(最優先)
最も優先すべき処置です。高カリウム血症が軽度(例:5.0〜6.0 mEq/L台)であっても、房室結節遮断薬との相乗効果で徐脈が起きているため、積極的に投与します。
• 薬剤: グルコン酸カルシウム(カルチコール®)
• 目的: 膜電位を安定させ、致死性不整脈(心停止)を防ぐ時間稼ぎをします。
Step 2:カテコラミン
カルチコール®で改善しない場合、経皮ペーシングの準備と並行して、薬剤による心拍数上昇を試みます。ここではアドレナリンが推奨されます。
• 推奨薬剤: アドレナリン(エピネフリン)
◦ 理由: β受容体を刺激して心拍数・収縮力を上げるだけでなく、カリウムを細胞内に取り込む作用も併せ持つため、BRASH症候群の病態に合致した理想的な薬剤です。
◦ 投与法: 持続点滴、または希釈して少量静注。
• 代替薬: イソプロテレノール(プロタノール®)
◦ 純粋なβ刺激薬であり、強力な心拍数上昇作用を持つため、有効な選択肢となります。
◦ ドパミンよりも、これらの直接的なβ刺激薬の方が好まれる傾向にあります。
Step 3:補助的な治療
徐脈対策と高カリウム血症治療を兼ねた治療を行います。
• β2刺激薬吸入(サルブタモールなど)
◦ 一般的には喘息や高カリウム血症治療に使われますが、心拍数を上げる副作用(陽性変時作用)がBRASH症候群では有利に働きます。カリウムを下げつつ脈を上げるため、理にかなった選択肢です。
• 輸液
◦ 脱水がトリガーとなっていることが多いため、適切な輸液で心拍出量をサポートし、腎血流を改善させて薬剤・カリウムの排泄を促します。
Step 4:治療抵抗性の場合
内科的治療で循環が維持できない場合は、より侵襲的な治療や中毒治療に準じた対応を行います。
• 経皮的/経静脈的ペーシング: 薬剤に反応しない高度徐脈やショックの場合。ただし、積極的な内科的治療でペーシングを回避できるケースも多いとされます。
• 緊急透析: 乏尿や難治性の高カリウム血症がある場合。
• 中毒治療オプション: β遮断薬やCa拮抗薬の毒性が強い場合、高用量インスリン療法(HDI)、グルカゴン、脂肪乳剤(イントラリポス®)の使用が考慮されることがあります。
参考文献
- Lizyness K, Dewald O. BRASH Syndrome. 2025 Feb 15. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2025 Jan–. PMID: 34033405.
- UpToDate高カリウム血症の原因と評価(2026/02/02参照)



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