抗がん剤に伴う口腔粘膜炎への対応

口腔粘膜炎の対応という記事のキャッチアイ画像です。 医師が知っておきたい歯科のこと
  • がん治療中、特に抗がん剤や頭頸部への放射線治療は、口腔粘膜炎をしばしば引き起こします。患者さんのQOLを著しく下げ、時にがん治療の妨げになることがあります。
  • 本記事では、口腔粘膜炎への対応を簡潔に説明します。

ポイント

  • 「たかが口腔粘膜炎、されど口腔粘膜炎」 口腔粘膜炎の管理を怠ってはいけない
  • 口腔粘膜炎の発症をゼロにするような予防法や、画期的な治療はない
  • まずは疼痛緩和(アセトアミノフェンやNSAIDs、局所麻酔薬入りの含嗽薬など)。
  • 口腔ケアが重要(患者さん自身の歯磨きがメ。難しければ歯科による専門的口腔ケアの介入を)
  • 口腔内の保湿は頻繁に

ほぼすべての抗がん剤治療で口腔粘膜炎のリスクがある

  • がんの種類や抗がん剤の種類、量によりその頻度や重症度は異なるものの、以下の表のように口腔粘膜炎はほぼ必発といって良いです。

粘膜炎の発症頻度

治療法発症頻度
標準的な化学療法5~15%
骨髄抑制の強い化学療法50%
頭頸部放射線療法50%
自家造血幹細胞移植68%
骨髄破壊的同種造血幹細胞移植98%
頭頸部化学放射線療法97%
「EOCC(The European Oral Care in Cancer Group) 口腔ケアガイダンス 第 1 版日本語版」より引用させていただきました
  • しかし残念ながら、口腔粘膜炎の発症をゼロにするような予防法や、画期的な治療は未だありません
  • 粘膜炎の病悩期間の短縮や重症度の抑制のため、症状緩和と二次感染の予防を目的として、口腔ケア口腔内の保湿を行うことが対応の中心となります。
  • 口腔ケアは口腔内細菌の減少,疼痛・出血の減少,感染予防の観点から口腔粘膜炎の予防や重篤化の防止などに有効です。

口腔粘膜炎にはまずは疼痛緩和を

  • 口腔内の疼痛は食事摂取量の減少や会話困難など、患者さんのQOLを低下させます。
  • また口腔ケアの妨げとなり、口腔衛生環境が悪化しさらに口腔粘膜炎がひどくなるという、悪循環を惹起します。
  • 粘膜炎の疼痛はほとんどが侵害受容性疼痛のため、食事前のNSAIDsアセトアミノフェンの内服が有効です。
  • 局所麻酔薬入り含嗽液(アズレン+リドカイン+グリセリン)を使用するのも効果的です。

局所麻酔薬入り含嗽液:アズレン/リドカイン/グリセリン

  • アズノール®うがい液4%(アズレンスルホン酸ナトリウム水和物) 25滴
  • キシロカイン®液「4%」(リドカイン塩酸塩) 10mL
  • グリセリン 60mL
  • 水道水(精製水) 500mL

空のペットボトル(500mL)に「アズノール®うがい液 25滴」と「キシロカイン®液4%10mL」と「グリセリン 60mL」を入れる。そして、水道水をペットボトルいっぱいにまで入れ、よく振って完成。

  • 局所麻酔入り軟膏であるアズノール・キシロカイン軟膏 を処方し塗布してもらうのも有効です。

局所麻酔薬入り軟膏:アズノール・キシロカイン軟膏の処方例

  • アズノール®軟膏0.033%(ジメチルイソプロピルアズレン)15g
  • キシロカイン®ゼリー2%(リドカイン塩酸塩)3mL

口唇などの粘膜炎に直接塗布してもらいます。痛みがある時は、いつでも使用可能です。

  • 個人的な感想ですが、痛みが軽度の場合、白色ワセリンの塗布も有効と感じます。
  • エピシル®という口腔粘膜保護剤も、食事や会話時の疼痛の緩和に有効です(歯科でのみ使用可能)。
    • 口腔粘膜を接着性の膜で被覆して、創部を物理的に保護し疼痛を緩和します。効果の即効性と持続性があります。
    • 表面麻酔薬と異なり、不快感が少ないようです。
    • 薬効成分を含まないので副作用や他薬剤との相互作用の懸念がないため、安心して使用できます。
    • しかし医療機器のため、処方箋ではなく、がん医科歯科連携のもと、歯科でのみ使用が可能です。
  • 以下の表のように、グレードごとに対応を決めるとわかりやすいです。
グレード症状対応
グレード1– 口の中がざらざら
– 違和感
– 食事は問題なし
– 口腔内の保湿(うがいなど)
– 口腔ケアの励行
グレード2– 口の中がひりひり
– 飲み込むと痛い
– 食事はなんとか可能
– 口腔粘膜保護剤(エピシル®)
– 表面麻酔薬の外用(アズノール・キシロカイン軟膏など)
– アセトアミノフェン
– NSAIDs
グレード3– 痛くて話せない
– 痛みで飲み込めない
– 食事できない
– 専門的口腔ケア
– オピオイド
Gノート Vol.7 No.4 (6月号) 2020 より引用・一部改変させていただきました

口腔ケア

  • 口腔ケアは患者さん自身による歯磨きが基本です。
  • 歯みがきは毎食後に行うのが良いとされています。しかし粘膜炎がひどい場合には困難な場合があります。その際は1日1回だけでもいいので実施してもらいましょう。
  • それすら難しい場合には、うがいだけでも行ってください。そして歯科医師・歯科衛生士による専門的口腔ケアの介入を依頼しましょう。
  • 歯ブラシの選択については、「ORAL CARE for PATIENTS with LUNG CANCER」というサイトがわかりやすいため引用させていただきました。
    • 追記させていただくと、ブラシの硬さは「ふつう」が良いです。歯ブラシによって歯肉が痛くて我慢できない場合には「柔らかめ」を使用してください。硬めはおすすめしません。
    • 電動歯ブラシは刺激が強いのでおすすめできません。
ORAL CARE for PATIENTS with LUNG CANCER 「セルフケア」のページより引用させていただきました
  • 歯磨き粉はマストではありません。
    • 使用するのであれば、粘膜に刺激を与える発泡剤(ラウリル硫酸ナトリウム)を含まないものを使用してください。
    • 歯磨剤がしみたり痛みの原因になるようであれば、歯磨剤を使用せずに水だけで磨くよう指導する。

口腔乾燥を防ぐ

  • 口腔乾燥は口腔粘膜炎を増悪させ、疼痛を悪化します。
  • そのため、口腔乾燥は重要です。保湿剤の使用やマスクによる唾液蒸散予防、唾液分泌刺激が有効です。

保湿剤

  • スプレー型・ジェル型・洗口型があります。
  • さまざまな市販の保湿剤があります。患者さんの嗜好に合った使用しやすいもの・有効感のあるものを選択してもらいます。

口腔乾燥によく使用される市販の保湿剤

商品名一般名・成分剤形小売価格
バイオティーンオーラルバランスジェルラクトフェリン リゾチームジェル1,500円
リフレケアヒノキチオールジェル2,200円
うるおーらラクトフェリンジェル1,980円
バトラー口腔ケアシリーズTornareジェルスプレー1,700円
ビバ・ジェルエット水・グリセリンジェル1,980円(120g)
マウスピュア水・グリセリンジェル液状1,078円(90g)
白ごま油食用油
コンクールマウスリンス / ジェルホエイ蛋白、EGF液状 / ジェル1,210円 / 1,650円
在宅療養中のがん患者さんを支える口腔ケア実践マニュアル より引用・改変させていただきました。なお、小売価格は2025年3月現在のものです

処方できる洗口型の保湿剤

  • 処方できる洗口型の保湿剤としてアズレンスルホン酸ナトリウムの含嗽剤にグリセリンを混和したものがあります

「アズレンスルホン酸ナトリウム+グリセリン」含嗽剤

  • ハチアズレ® 5包(1包2 g)
  • グリセリン 60 mL

上記を総量 500mLとなるよう水と混和し,含嗽剤として使用する

1回10mLを口の中に含み、グチュグチュうがいを1〜2分間行う

蒸散予防

  • マスクをして眠ると、口腔からの水分の蒸発を抑えるため、口腔内の乾燥を予防・緩和します。

唾液分泌促進刺激

  • 唾液腺マッサージや、咀嚼運動(ガムを噛むなど)も有効です。

まとめ

「たかが口腔粘膜炎、されど口腔粘膜炎」です。しかし口腔粘膜炎をゼロにするような予防法や、画期的な治療はありません。口腔粘膜炎に対してまず行うのは、疼痛緩和です。疼痛は口腔ケアを妨げ、粘膜炎の増悪に繋がります。抗がん剤治療の妨げにもなります。患者さんによるセルフケアがメインですが、難しければ積極的に歯科に介入を依頼しましょう。並行して、口腔内の保湿は頻繁に行いましょう。

参考文献

  • 「EOCC(The European Oral Care in Cancer Group) 口腔ケアガイダンス 第 1 版日本語版」(日本がんサポーティブケア学会・粘膜炎部会 / 監訳),日本がんサポーティブケア学会,2018 http://jascc.jp/wp/wp-content/uploads/2018/01/guidance_20180115.pdf
  • 「多職種から学ぶ:がん看護の基礎(食事を支えるケア編)」公益財団法人がん研究振興財団,2020 https://www.fpcr.or.jp/pamphlet.html
  • ORAL CARE for PATIENTS with LUNG CANCER 「セルフケア」http://jascc.jp/mucositis/selfcare/
  • Gノート Vol.7 No.4 (6月号) 2020

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