Anthem徴候

循環器

Anthem徴候の概要

Anthem徴候は、中心静脈圧(CVP)の上昇をベッドサイドで簡易的に評価するための新しい身体所見です(Rizkallah et al., 2014)。

Anthem徴候は、従来の古典的な手背静脈の虚脱(Peripheral Venous Collapse: PVC)を評価する方法を改良したものです(古典的なPVC法はページ下部に記載)。

名前の由来: 検査時の患者の姿勢が、国歌斉唱(Anthem)の際に直立不動で「胸に手を当てている姿」に似ていることから名付けられました

Anthem徴候の具体的な手順

1. 体位の調整: 患者を仰臥位にし、ベッドを30度ギャッジアップさせます。

2. 静脈の確認: 最初は腕を体側(ベッド上)に置き、手背の表在静脈を視診します。静脈が視認できない場合はこの手法は適用できません。

3. 手の移動: 患者の腕を、直接 胸骨の上に置きます

4. 判定: 手が胸骨の上にある状態で、手背の静脈が怒張したままであるかを確認します。静脈が怒張していれば、中心静脈圧(CVP)が上昇していると考えられます

Anthem徴候の利点・欠点

利点

頸静脈圧(JVP)や従来の古典的なPVC法と比較して、以下の利点が挙げられています。

  • 1. 基準点の誤差が少ない: 従来のPVC法(次項で説明します)では、手背の観察点と基準点である胸骨角が離れているため、高さの判定に誤差が生じやすいという欠点がありました。Anthem徴候では、手(観察点)を胸骨(基準点)のすぐ近くに置くため、この誤差を最小限に抑えることができます(ちなみに、右心房は胸骨角よりも垂直に約 5 cm 下にあるとされています)。
  • 2. 特異度が高い: 心エコー検査によるCVP測定(ゴールドスタンダード)と比較した際、Anthem徴候はJVPによる評価よりも高い特異度を示しました(循環器フェローによる実施で85%など)。これは、Anthem徴候で陽性(静脈怒張あり)と出た場合、実際にCVPが高い可能性が高いことを意味します。
    • 頸静脈圧(JVP)の具体的な測定方法はこちらの記事でまとめています。
  • 3. 習得が容易: JVPの評価は習得が難しく、経験によって精度が大きく左右されますが、Anthem徴候は、医学生のような経験の浅い学習者でも比較的容易に実施でき、JVPよりも感度が高い傾向が見られました。手技が非常にシンプルであることも特徴です。
  • 4. 肥満患者で有用: 首の脂肪が厚い肥満患者ではJVPの視認が困難ですが、Anthem徴候は首を見る必要がないため、こうした患者におけるCVP評価の補助ツールとして特に価値があります。
  • 5. 評価の一貫性: 経験レベルの異なる3者(医学生、研修医、専門医)の間で、感度・特異度のばらつきが最も少なく、一貫性のある評価法であることが示唆されています。
  • 以上のことから、Anthem徴候は、特にJVPの評価が難しい症例や、身体診察の経験が浅い医師にとって、CVP上昇を推測するための有用な補助的身体所見であると結論付けられています。

欠点

一方で、Anthem徴候には明確な弱点もあり、単独で全てを判断できるわけではありません。

  • 感度が低い:
    • CVPが実際に高くても、Anthem徴候では「陰性(静脈が虚脱して正常に見える)」となってしまうこと(偽陰性)が多くあります。研究での感度は15%〜38%程度であり、熟練者が行うJVP(感度86%)に遠く及びません。つまり、「Anthem徴候が陰性だからといって、CVPが正常だとは限らない(見落としが多い)」という点に注意が必要です。
  • 解剖学的な制約:
    • 手背の静脈が見えない患者(浮腫が強い、静脈が細いなど)には使用できません。
    • 点滴や採血の繰り返しにより静脈が硬化・損傷している場合、圧に関係なく静脈が虚脱しにくくなり、正確な評価ができない可能性があります

頚静脈圧(JVP)の評価とAnthem徴候、どちらを優先して使うべき?

基本的には「JVP(頸静脈圧)」を優先して評価すべきですが、状況や検者のスキルに応じて「Anthem徴候」を併用(または代替)するのが最も推奨されるアプローチです。

1. JVPの評価を優先すべき理由:最も感度が高い

熟練した医師が実施する場合、CVP(中心静脈圧)の上昇を見つける能力(感度)は、Anthem徴候よりもJVPの方が圧倒的に優れています(JVP 86% vs Anthem 38%)。

結論: 見逃しを防ぐためには、まずJVPの評価を試みるのが基本です。

2. Anthem徴候を活用すべき3つのケース

JVPは「見逃さない(感度が高い)」検査ですが、Anthem徴候は以下の場面でJVPの弱点を補う強力なツールとなります。

① 初心者が行う場合 医学生などの初心者は、JVPの評価が難しく、感度が極端に低くなります(13%)。この段階では、手技が簡単で習得しやすいAnthem徴候の方が、相対的に信頼性が高くなる傾向があります。

② 肥満患者や首が見にくい場合 首の脂肪が厚い肥満患者では、物理的にJVPが見えないことがよくあります。このような患者では、首を見る必要がないAnthem徴候が有効な代替手段となります。

③ 「高CVP」を確定したい場合(確認用) Anthem徴候は「特異度(Specificity)」が高く(約85%)、JVP(57%)よりも優れています。 つまり、「Anthem徴候で陽性(静脈が怒張したまま)であれば、本当にCVPが高い可能性が極めて高い」と言えます。JVPで「高いかも?」と迷った時にAnthem徴候を行い、陽性が出れば自信を持って「異常あり」と診断できます。

メカニズム

Anthem徴候が観察できるメカニズムは、物理学的な「連通管の原理(静水圧の原理)」に基づいています。

基本的には、JVPや、古典的なPVC法と同じ原理ですが、「測定点」と「基準点」を物理的に接触させることで、視覚的な誤差をなくしている点が特徴です。

1. 血管は「つながった管」である

手背の静脈は、腕の静脈、上大静脈を通って、心臓の右心房と直接つながっています。遮るものがないため、右心房の圧力(CVP)はそのまま末梢の静脈へも伝わります。

2. 重力と圧力のバランス

患者の上半身を30度挙上した状態では、心臓よりも高い位置にある血液は重力によって心臓へ戻ろうとします(静脈の虚脱)。

CVPが正常(低い)場合:血液を押し上げる力が弱いため、手を胸骨の高さまで持ち上げると、重力に負けて血液が心臓へ流れ落ち、手背静脈は虚脱するはずです。

CVPが高い場合:血液を押し上げる圧力が強いため、手を心臓のレベルまで持ち上げても、重力に逆らって血液が静脈内に留まり続け、静脈は怒張したままになります。

補足:従来の古典的な手背静脈虚脱(Peripheral Venous Collapse: PVC)法

古典的なPeripheral Venous Collapse(PVC)法について私自身知らなかったので、本論文の解説をもとにまとめました。

古典的なPVC法は頸静脈(JVP)の観察が難しい場合に、手背静脈を用いて中心静脈圧を非侵襲的に推定する方法です。

具体的な手順

1. 体位: 患者を仰臥位にし、ベッドの頭側を 30度 挙上させます。

2. 確認: 腕を体側に置いた状態で、手背の表在静脈を観察します。

    ◦ 静脈が見えない場合は、この手法は使用できません。

    ◦ この時点で静脈がすでに虚脱している場合、CVPは低いか正常である可能性が高いと判断されます。

3. 挙上: 静脈が怒張している場合、検者は患者の腕を受動的かつゆっくりと持ち上げていきます,。

4. 判定: 静脈が虚脱する高さを見極め、その位置と胸骨角の高さを比較します。

判定基準

  • 腕を胸骨角のレベルより高く持ち上げても手背静脈が怒張したままである場合、CVPが上昇していると考えられます。
  • この古典的な方法の最大の欠点は、観察点である「手」と、基準点である「胸骨角」が空間的に離れていることです。そのため、目視で水平高さを比較する際に誤差が生じやすい(正確な判定が難しい)とされています。
    • この「距離による誤差」を解消するために考案されたのが、Anthem徴候です

参考文献

  • Non-Invasive Bedside Assessment of Central Venous Pressure: Scanning into the Future. Jacques Rizkallah,Megan Jack,Mahwash Saeed,Leigh Anne Shafer,Minh Vo,James Tam Published: October 3, 2014 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0109215

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