糖尿病の合併症といえば、網膜症や腎症、神経障害などがよく知られていますが、「筋肉」に起こる非常に珍しい合併症があるのをご存知でしょうか?
今日ご紹介するのは、2026年に発表された『Acute Thigh Pain in a Patient With Diabetes Mellitus: A Rare Case of Diabetic Myonecrosis(糖尿病患者における急性大腿部痛:糖尿病性筋壊死の稀な一例)』という症例報告です。Diabetic myonecrosis (also known as diabetic muscle infarction, or DMI)
55歳の2型糖尿病男性(初診時HbA1c 12.9%)が、左大腿部前外側の急性の非外傷性疼痛を主訴に受診しました。 左大腿部の腫脹と著明な圧痛を認めましたが、超音波検査(Figure1)で皮下遊離ガスを否定し、壊死性筋膜炎を除外しました。 造影MRI(Figure2)において左外側広筋内の局所的な造影効果と筋膜面の造影浮腫を認め、糖尿病性筋壊死(Diabetic myonecrosisまたはdiabetic muscle infarction(DMI))と診断されました。 うつ病と注射恐怖症により、受診前の1ヶ月間はインスリンやアスピリン等の内服を自己中断していたことが判明しました。 インスリンやアスピリンの投与再開、および鎮痛薬を用いた保存的加療により、症状は速やかに軽快しました。 1週間後にリハビリテーション施設へ転院し、大腿部の疼痛は6ヶ月以内に完全に消失しました。 退院から1年以上経過してDMIの再発はなく、微量アルブミン尿などの糖尿病性腎症も認めていません。
Samantha L. Shapiro, Haley Probst, David A. Feldstein. Acute Thigh Pain in a Patient With Diabetes Mellitus: A Rare Case of Diabetic Myonecrosis. AIM Clinical Cases.2026;5:e251408. [Epub 16 June 2026]. doi:10.7326/aimcc.2025.1408
糖尿病性筋壊死の疫学
糖尿病性筋壊死(DMI: Diabetic Myonecrosis)は、コントロール不良の糖尿病患者に発生する稀な合併症です。
- 頻度: 過去60年間の英語文献でも、報告されているのは200例未満に留まります。ただし、見逃されているケースも多く、実際の有病率はもっと高いと考えられています。今後の糖尿病患者の増加に伴い、遭遇する確率も上がると予想されます。
- リスクファクター:
- コントロール不良の糖尿病: 報告例の平均HbA1cは9.34%です。
- 微小血管合併症の併発: 既知のDMIケースの約93%が微小血管合併症を伴っており、特に75%の患者に糖尿病性腎症が認められます。
- 性別・年齢: やや女性に多く(53.7%〜61.5%)、発症の平均年齢は40代前半(1型では35.9歳、2型では52.2歳)です。
- 病態生理: 原因は解明されていません。血液の凝固異常(過凝固)、血管炎、慢性の微小血管の変化、虚血再灌流障害などが複合的に関与していると推測されています。
症状・身体所見
DMIの典型的な症状は、非常に特徴的です。
- 初発症状: 「外傷がない」にもかかわらず、「片側の大腿前面」に急激な痛みと腫れが生じます。
- 典型的な所見:
- 触れるだけで飛び上がるほどの激しい圧痛、および熱感を伴います。
- 今回の症例では、「小型犬が膝に乗っただけ」で10段階中「10」の激痛が走ったと報告されています。
- Red Flags:
- 痛みの強さは壊死性筋膜炎などの重症感染症を疑わせますが、DMIの多くは発熱を伴わず、血圧等のバイタルサインも安定しています。
検査
DMIに特異的な血液検査の異常はありませんが、炎症反応の上昇がよく見られます。
- CRP: 90%のケースで上昇(平均値 15.64 mg/dL)。
- 赤血球沈降速度(ESR): 83.3%のケースで上昇(平均値 86.6 mm/h)。
- 白血球数: 42.5%で軽度の白血球増多を認めます。
- CK: 筋肉の障害ですが、上昇するのは31.6%のみ(平均 709.7 IU/L)であり、正常なことも多いです。
- HbA1cを含めた血糖コントロール状態の評価は必須です。
画像所見
超音波検査は皮下ガス(壊死性筋膜炎のサイン)の除外に役立ちますが、確定診断のためにはMRIが最も重要です。
- MRI(造影が第一選択): 筋肉(今回の症例では外側広筋)内の局所的な造影効果と、筋膜面における浮腫に伴うT2強調画像での高信号が特徴的な所見として確認されます。

診断
DMIの診断は、「典型的な臨床症状(非外傷性の急性の筋肉痛)」と「MRIの画像所見」を組み合わせ、他の緊急疾患を除外することで行われます。
【鑑別すべき疾患リスト】
- 感染症: 局所の筋肉内感染、膿瘍、壊死性筋膜炎。
- 炎症性疾患: 限局性筋炎、コンパートメント症候群。
- 血管系疾患: 深部静脈血栓症(DVT)。
- その他: 筋肉の挫傷や肉離れ(通常は外傷歴がある)。
治療
DMIの治療において最も重要なのは、「外科的な介入を避け、保存的に診る」ということです。
外科的処置(筋生検を含む)を行ってしまうと、回復までの期間が最大13週間まで延びてしまうというデータがあります。
標準治療: ベッド上での安静、鎮痛薬の投与、そして厳格な血糖コントロールが基本です。これだけでも平均約8週間で回復します。
薬物療法: 低用量アスピリン: 保存的治療に低用量アスピリンを追加することで、回復までの期間が平均約5.5週間にまで短縮されます。(※アスピリンが禁忌の場合はクロピドグレルを検討)。
再発予防のため、生涯にわたる低用量アスピリンの継続が推奨されています。


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