ラピチェック®を信じていいのか

循環器

突然の胸痛などで急性心筋梗塞が疑われる際、わずか15分で超急性期の心筋傷害を捉えることができる迅速検査キット「ラピチェック®」。 非常に感度が高く優れたツールである一方、実は「陽性が出た=必ず心筋梗塞である」とは限らないのをご存知でしょうか。 心不全などの他の疾患や、腎機能の低下、さらには目視判定による偽陽性などによっても陽性ラインが出ることがあるためです。 この記事では、ラピチェック®の持つ強みと、その検査結果に振り回されず正しく解釈するための重要な注意点について詳しくまとめました。

ラピチェック®とは

「ラピチェック(正式名称:ラピチェック® H-FABP)」は、血液中の「ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP)」を検出するための体外診断用医薬品(心筋マーカー迅速検出キット)です。

主に以下のような特徴を持っています。

  • 心筋梗塞などの早期発見に有用: 心筋に傷害が起こると、心筋細胞内にあるH-FABPというタンパク質が速やかに血液中に漏れ出します。H-FABPは発症から1〜2時間という非常に早い段階から上昇し始めるため、特に胸痛発症から6時間以内の急性心筋梗塞や急性冠症候群の診断、および見落としを防ぐための除外診断に優れています。従来から使われている心筋マーカーである「心筋トロポニン」よりも早く血液中に現れるのが特徴です。
  • 迅速かつ簡便な検査: 採取した血液(全血)を遠心分離するなどの事前の処理が不要です。キットに全血を滴下し、15分待つだけで赤いラインが現れるかどうかを目視で確認する「定性検査」であり、専用の測定機器も必要ないため、患者のベッドサイドですぐに検査を行うことができます。
https://www.mediceo.co.jp/poc_web/products/reagent/h-fabp_45545625.html 

H-FABP(ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白)とは

H-FABP(Human heart-type fatty acid-binding protein)は、分子量14.9 kDaの低分子で可溶性のタンパク質です。心筋細胞が虚血や心筋梗塞などによって傷害を受けると、速やかに細胞外へ漏れ出して血液中に現れる(逸脱する)という特徴を持っています。そのため、急性心筋梗塞などの早期発見や除外診断において、非常に有用な心筋傷害マーカーとして利用されています。

分布している場所

  • 心筋細胞の細胞質: 最も豊富に存在している場所です。
  • 骨格筋: 心臓だけでなく骨格筋にも存在していますが、その含有量は心筋の10〜20%程度と低くなっています。そのため、横紋筋融解症などの骨格筋の傷害が起きた場合にも、血液中にH-FABPが逸脱することがあります。

トロポニンとFABPのちがいは?

心筋トロポニンとH-FABPは、どちらも心筋傷害を調べるためのマーカーですが、主に「タンパク質としての性質(マーカーの意味)」「血液中に出現する早さ」「血液中に留まる期間」に明確な違いがあります。

タンパク質の性質とマーカーとしての意味

  • H-FABP(虚血マーカー): 心筋細胞の「細胞質」に豊富に存在する、分子量の小さな可溶性タンパク質です。心筋細胞の膜が傷害されると素早く血液中に漏れ出すため、「虚血マーカー」として位置づけられています。
  • 心筋トロポニン(心筋壊死マーカー): 心臓の筋肉(筋原線維)を構成している構造タンパク質です。細胞が虚血になるだけでなく、心筋壊死に陥ったときに血液中に逸脱するため、「心筋壊死マーカー」と考えられています。

血液中への出現時期(数値が上昇するタイミング)

  • H-FABP: 細胞質にあって分子量が小さいため血液中への逸脱が速く、急性心筋梗塞の発症から1〜2時間という非常に早い段階で上昇し始めます(発症早期のマーカー)。
  • 心筋トロポニン: 構造タンパク質であるためH-FABPよりも逸脱が遅れ、発症から3〜4時間後に上昇し始めます(発症中〜後期のマーカー)。そのため、発症から6時間以内(特に3時間未満)の超急性期においては、診断感度が低いとされています。

血液中に留まる期間(正常値に戻るまでの時間)

  • H-FABP: 持続的な心筋の傷害がなく、腎機能も正常な場合、24〜36時間で正常値に戻ります。
  • 心筋トロポニン: 血液中に長く留まる特徴があり、2〜3週間にわたって高い数値を示し続けます。

心臓への特異性と診断時の特徴

  • H-FABP: 超急性期の心筋梗塞を捉える感度には非常に優れていますが、心臓以外の骨格筋の傷害(横紋筋融解症など)や腎機能低下による排泄遅延でも数値が上昇することがあるため、トロポニンと比較すると心筋への特異性はやや劣ります。
  • 心筋トロポニン: 早期診断の感度ではH-FABPに譲りますが、心筋に特異性が高いという特徴を持っています。

このように、両者は性質や血中へ現れるタイミングが異なるため、臨床の現場では発症からの経過時間を考慮し、それぞれの特徴を理解した上で使い分けたり、両方の結果を組み合わせて総合的に判断することが推奨されています。

ラピチェックの解釈の注意点は?

ラピチェック®(H-FABP定性検査キット)の検査結果を解釈する際には、感度が高く早期発見に優れている一方で、いくつかの注意点(偽陽性となるケースや判定上の留意点)があります。主な注意点は以下の通りです。

急性心筋梗塞以外の心疾患による陽性

H-FABPは微小な心筋傷害でも鋭敏に捉えるため、急性心筋梗塞(AMI)だけでなく、心不全、心筋炎、心筋症、大動脈解離、肺血栓塞栓症、不整脈といった他の疾患でも、心筋傷害の程度によって陽性を示すことがあります。特に、強い胸痛を伴いAMIと治療法が全く異なる「急性大動脈解離」においても陽性を示すことがあるため、鑑別には注意が必要です。

腎機能低下による偽陽性

H-FABPは腎臓から排泄されるタンパク質です。そのため、腎機能が低下している患者ではH-FABPの排泄が遅れて血液中に滞留してしまい、心筋梗塞でなくても陽性となる場合があります。

骨格筋傷害による偽陽性

H-FABPは心臓だけでなく骨格筋にも存在しています。そのため、横紋筋融解症などの骨格筋の傷害が起きた場合にも、血液中にH-FABPが逸脱して陽性を示すことがあります。

判定時間(15分)の厳守

検査は検体を滴下してから正確に15分静置して判定します。ラピチェックの原理上、時間が経過しても試薬上での血液成分の展開を止めることができません。そのため、15分を超過して判定するとH-FABPを過剰に検出してしまい、偽陽性になる可能性があります。(ただし、15分以内で既に陽性のラインが出た場合は、その時点で陽性と判定して問題ありません)。

目視判定によるカットオフ付近での偽陽性

ラピチェックは目視で赤いラインの有無を確認する定性検査ですが、判定ラインが不明瞭な症例も見受けられます。実際の臨床試験の報告では、心疾患の所見がないめまいや不安障害などの患者において、カットオフ値(陽性と陰性の境界となる濃度)付近で偽陽性と判定されてしまうケースが指摘されています。

参考文献

  • 渡辺 利夫、大久保 雄一、大軽 靖彦 「ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白 (H-FABP)」 『検査と技術』 vol.34 no.11 増刊号、2006年、pp.1126-1129
  • 古川 聡子、河口 勝憲、前田 ひとみ、加瀬野 節子、小野 公美、上杉 里枝、通山 薫 「心筋マーカー迅速検出キットの比較検討」 『医学検査』 Vol.65 No.3、2016年、pp.332-336
  • 住友ベークライト株式会社 「ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白キット ラピチェック® H-FABP」製品情報ウェブサイト https://www.mediceo.co.jp/poc_web/products/reagent/h-fabp_45545625.html

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