僧帽弁収縮期前方運動(SAM)はなぜ生じるのか

循環器
Venturi効果でSAMが起こるのではない

SAM(Systolic Anterior Motion)とは、日本語で「僧帽弁収縮期前方運動」と呼ばれる心臓の異常な動きのことです。

  • 心臓が収縮する際に、僧帽弁が誤って前方へ押し出されてしまう異常な現象です。
  • かつてはHCM特有のものと考えられていましたが、現在では弁の手術後や、左室の肥大を伴わない過動力状態(心臓が過剰に強く収縮する状態:たこつぼ型心筋症など)といった、他の様々な病態でも発生することが分かっています。
  • 結果として、動いた弁が血液の出口(左室流出路)を塞いで血流を阻害したり、弁がきちんと閉まらずに血液が逆流(僧帽弁閉鎖不全症)したりする原因となります。
画像A(1969年の初期Mモード心エコー):僧帽弁が前方に動き、心室中隔に長時間接触している様子が下向きの矢印で示されている。これが初めてMモードで明確に捉えられたSAM。
画像B(1970年代のMモードと血圧の同時記録):波形の下半分で、SAMによって僧帽弁前尖が心室中隔に接触している様子が描かれている。波形の上半分では、その接触に伴って発生する左室と大動脈の間の大きな圧較差が同時に記録されている。
画像C(閉塞の定量化の図解):SAMによる流出路の圧力差を見積もるための計算モデル。収縮期において、SAMを起こした僧帽弁が心室中隔に「どれくらいの時間接触しているか(Duration of Narrowing)」を測定することで、重症度を算出できることが示されている。
画像D(長軸断面の2D心エコー):延長した僧帽弁の前尖が鋭角に折れ曲がって心室中隔に接触し、血流の出口を物理的に塞いでいる様子が右向きの矢印で直接的に示されている。この鋭角に曲がって壁にぶつかっている弁の異常な動きこそがSAMである。

SAMはなぜ生じるのか

  • 現在の主な考え方(構造的要因): 現在では、乳頭筋の肥大や前方への偏位、僧帽弁の弁葉の延長、副組織の存在などによって、収縮期に僧帽弁複合体が前方へ偏位し、その結果として腱索や僧帽弁前尖に余剰(たるみ)が生じることがSAMの主因とされています。
  • 過去の考え方(流体力学的作用): かつては、左室流出路を通過する血流が加速することによって、収縮期に僧帽弁尖が引き込まれるように吸引される流体力学的作用(Venturi効果)が主なメカニズムであると考えられていました。現在でも、たこつぼ型心筋症などでみられるSAMの発生において、心基部の過収縮に伴うVenturi効果や乳頭筋の前方偏位がSAMを助長する要因として考察されています。また肥大型心筋症については別のメカニズムによりSAMが惹起されるようです(下で解説)
  • SAMが生じやすい状況・疾患: 以前は閉塞性肥大型心筋症(HOCM)に特有の所見と考えられていましたが、実際には以下のような多様な条件・病態でも生じることが分かっています。
    • 左室肥大(高血圧性やS字状中隔など)
    • 左室内腔の狭小化(脱水、出血、下痢などによる体液量減少)
    • 僧帽弁自体の異常
    • 左室の過収縮状態(強度のストレスや強心薬の使用など)
  • 健常者における発生: 心臓に基礎疾患のない健常者であっても、強心薬を使用することによって約20%の確率でSAMが誘発されることが報告されています。

SAMはVenturi効果ではなく「抗力(真正面から押し出す力)」である


J Thorac Dis 2022;14(6):2309-2325 | https://dx.doi.org/10.21037/jtd-22-182 でHOCMにおいてなぜSAMが惹起されるかについてわかりやすく解説されていました。

上段(図A〜C):正常

健康な心臓では、血液はスムーズに心臓の外へ送り出されます。血流が僧帽弁にぶつかったり、悪さをしたりすることなく、整然と流れていく様子が描かれています。

中段(図D〜F):肥大型心筋症の人の心臓(弁が後ろから押される) 肥大型心筋症の心臓では、中の形がいびつになっているため、血流がおかしな動きをします。

  • 図D・E(渦による押し出し): 心臓が収縮を始めるときに、血液の「渦」が発生します。この渦が、僧帽弁を背中側から直接グイッと押してしまい、左室流出路のほうへ弁を動かしてしまいます。
  • 図F(跳ね返りによる押し出し): あるいは、血液が押し出される初期に、分厚く出っ張った心臓の壁(心室中隔)に血流がぶつかって後ろに跳ね返ります。その跳ね返った血流が、僧帽弁を背中側から前へ向かってドーンと押しやってしまう様子が描かれています。

下段:弁が動く根本的な原因(「抗力」の働き) 一番下の図は、血流が弁に当たる「角度」に注目しています。 ここでは、血流が弁の横をすり抜けるのではなく、弁に対してかなり正面衝突に近い「深い角度(高い迎角)」でぶつかっていることが示されています。

つまり、SAMが生じる原因は、横を通り抜ける血流が弁を吸い寄せているベンチュリ効果ではなく、血流が「ヨットの帆」に吹きつける風のように弁に真正面からぶつかり、その勢いで弁を物理的に押し流している抗力によるものと説明されています。

※ベクターフロー・マッピング(Vector Flow Mapping):血液の動き(血流)を、無数の小さな「矢印(ベクトル)」を使って非常に細かく、正確に視覚化する技術です

参考文献

  • Maron BJ, Maron MS. The Remarkable 50 Years of Imaging in HCM and How it Has Changed Diagnosis and Management: From M-Mode Echocardiography to CMR. JACC Cardiovasc Imaging. 2016 Jul;9(7):858-872. doi: 10.1016/j.jcmg.2016.05.003. PMID: 27388665.
  • Guigui SA, Torres C, Escolar E, Mihos CG. Systolic anterior motion of the mitral valve in hypertrophic cardiomyopathy: a narrative review. J Thorac Dis 2022;14(6):2309-2325. doi: 10.21037/jtd-22-182

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