1. 論文情報
タイトル: Bilateral Avascular Necrosis of the Femoral Heads in Ankylosing Spondylitis Requiring Staged Total Hip Arthroplasty: A Case Report of Diagnostic and Therapeutic Challenges
出典: Clinical Case Reports / 2026
2. 症例のKey Points
- 強直性脊椎炎(AS)における大腿骨頭無血管性壊死(AVN)は、慢性炎症、ステロイド使用、およびCOVID-19感染による血栓傾向など、多因子が関与する見過ごされやすい重篤な合併症である。
- 若年AS患者の進行した両側AVNに対し、生物学的製剤(インフリキシマブ)による強力な疾患コントロールと、二期的な人工股関節全置換術(THA)を組み合わせることで劇的な機能回復が得られた。
- 長期罹患や炎症負荷の高いAS患者、あるいはステロイド曝露歴のある患者において、MRIを用いた股関節の積極的なスクリーニング(サーベイランス)が重要である。
3. 背景
強直性脊椎炎(AS)は、主に体軸骨格を侵す慢性かつ進行性の免疫介在性炎症性関節疾患であるが、25%〜50%の患者で股関節などの末梢関節炎も合併し、そのうち最大90%が両側性に進行する。 本症例を報告する意義は、ASの背景に大腿骨頭無血管性壊死(AVN)が合併するという、重大でありながら十分に認識されていない病態を提示している点にある。ASにおけるAVNは、疾患特有の炎症性血管障害に加えて、医原性のステロイド曝露、さらにはCOVID-19による血栓形成傾向などが複雑に絡み合って発症すると考えられている。その多因子的な発症機序や、生物学的製剤を使用する患者における周術期管理の工夫を共有するため、この若年患者のケースが報告された。
4. 症例提示
患者背景: 28歳、男性。10年前からのASの病歴がある。喫煙者であり、ビンロウ(betel nut)の咀嚼習慣がある。過去に新型コロナウイルス感染歴があり、急性疼痛に対し市販のステロイド薬を約1週間服用した病歴や、1年前に原因不明の貧血で輸血(4単位)を受けた既往がある。
主訴・現病歴: 6ヶ月前から進行する左股関節痛を主訴に受診した。10年前から潜行性の炎症性背部痛があったが、ここ6〜8ヶ月で下背部と左股関節に鋭く刺さるような痛みが悪化し、左下肢への放散痛と錯感覚を伴っていた。1時間を超える朝のこわばり、微熱、意図しない体重減少、筋肉痛に加え、慢性的なNSAIDs使用によると思われる腹痛や下血、口腔内アフタ性潰瘍なども認められた。
身体所見・検査所見:
- 身体所見: 血圧 90/60 mmHg、脈拍 96 回/分と低血圧・頻脈を認めた。両側仙腸関節の圧痛、腰椎前弯の消失、腰仙部の可動域制限に加え、左股関節には重度の圧痛があり、全方向で可動域が著しく制限されていた。
- 血液検査: HLA-B27陽性。自己抗体(ANA、リウマトイド因子、抗CCP抗体)は陰性であった。著明な小球性低色素性貧血(Hb 6.5 g/dL、MCV 61.3 fL)と、炎症マーカーの顕著な上昇(ESR 80 mm/h、CRP 75 mg/L)を認めた。
- 画像所見: X線では頸椎・腰椎の椎体のスクエアリング(squaring)と仙腸関節の部分的な癒合、両側股関節裂隙の狭小化がみられた。MRIでは、両側仙腸関節に活動性の炎症(骨髄浮腫と軟骨下骨硬化)が確認された。さらに股関節MRIでは、両側大腿骨頭にMitchell分類ステージC(大腿骨頭の30%以上を占め、三日月サインや初期の骨頭変形を伴う)のAVNが認められた。

5. 経過と転帰
診断プロセス: 消化器症状や全身症状などから、腸管アテローム性関節炎(Enteropathic arthritis)、脊椎結核、ベーチェット病なども鑑別に挙がったが、HLA-B27陽性、特徴的な体軸性の炎症性疼痛、MRIでの仙腸関節炎、および自己抗体陰性という結果からASと確定診断された。また、進行する股関節痛の原因として、画像診断により両側大腿骨頭AVNの合併が確認された。
治療介入: 重度の疾患活動性(BASDAIスコア7.9)に対し、インフリキシマブ(TNF阻害薬)の投与が開始された。貧血に対する輸血や、プレガバリン、セレコキシブなどの対症療法も併用された。重度の股関節病変に対しては整形外科の介入により、2023年3月に左股関節、2024年10月に右股関節の二期的な人工股関節全置換術(THA)が施行された。インフリキシマブは周術期(術前4週間〜術後4〜6週の創傷治癒確認まで)には計画的に休薬された。
転帰: 手術は無事成功し、術後の継続的なリハビリテーションにより可動域は大幅に改善、股関節痛も著明に軽減した。インフリキシマブの維持療法により炎症マーカーも低下し、全身状態・モビリティともに良好な経過をたどっている。
6. 考察
特異性と過去の文献との比較: 過去の文献でもASに両側性AVNが合併した報告(髄膜腫やホジキンリンパ腫などの血栓形成性疾患の合併例)はあるが、本症例は悪性腫瘍を伴わず、28歳という若年での発症である点、そしてCOVID-19感染歴や市販ステロイドの使用という独立したリスク因子が重なっている点で特異であり、これまで知られていた合併のスペクトラムをさらに広げるものである。
ASによる股関節障害と重度のAVNが混在する状況は、特に若年患者において関節温存の観点から大きな治療上のジレンマを生む。また、生物学的製剤を使用しているため、ACR/AAHKSのガイドラインに基づき、インフリキシマブを術前適切な期間に休薬し、術後の創傷治癒を確認してから再開するという周術期管理が周到に行われた点が大きな工夫である。
著者は、ASにおけるAVNの病態は多因子的であると考察している。具体的には、以下の3つが複合的に作用した可能性を指摘している。
・TNF-αやIL-6などのサイトカインが引き起こす血管内皮障害と関節内圧の上昇。
・短期間であってもステロイドの使用による骨髄内脂肪形成の促進と微小循環障害。
・COVID-19感染によるACE2を介した内皮損傷と血栓形成傾向。
7. Limitation
単一の症例報告であるため一般化が困難であることに加え、資金やリソースの制限により、重度の貧血に対する消化器精査(内視鏡検査)や詳細な血栓性素因(抗リン脂質抗体など)・脂質異常のスクリーニングパネルが実施できなかったことが限界として挙げられている。また、使用された市販ステロイドの正確な用量や期間が不明である点、COVID-19感染とAVN発症の明確な時間的因果関係が証明しきれていない点も解釈上の注意点である。若年での人工関節置換であるため、長期的なインプラントの耐久性についてはさらなる追跡が必要となる。
8. 管理人の感想
【教訓とピットフォール】
- 「股関節痛=強直性脊椎炎の進行・二次性OA」と決めつけない: 長期罹患しているAS患者が新たな、あるいは急激に進行する股関節痛を訴えた場合、単なる関節炎の進行だけでなく、大腿骨頭無血管性壊死(AVN)の合併を強く疑う必要がある。単純X線では初期変化が捉えにくいため、早期発見にはMRIが必須である。
- 隠れたリスク因子を見落とさない: ASのような全身性の強い炎症状態にある患者では、たとえ「ごく短期間の市販ステロイド使用」や「COVID-19の既往」であっても、血管内皮障害や血栓形成リスクに拍車をかけ、AVNの引き金になる可能性がある。OTC薬を含めた丁寧な病歴聴取が極めて重要である。


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