開散麻痺とは?〜遠くをみると二重に見える〜

内科

「手元の本は読めるのに、テレビや遠くの時計が横に二つ見える」。こうした訴えを聞いたとき、考えたい眼位異常の一つが開散不全型内斜視です。「開散麻痺」という名前で説明されることもあります。

眼科以外の医師にとって、開散という言葉は少しなじみが薄いかもしれません。この記事では、眼の動きの基本から、外転神経麻痺との違い、神経疾患を疑う場面までを整理します。

手元の本は一つに、遠くの時計は横に二重に見える症状のイメージ
図1 遠見で強くなる水平複視のイメージ。見え方には個人差があり、この症状だけで原因は決まりません。

この記事のポイント

  • 典型的には、近見より遠見で内斜視が強くなり、水平複視が生じます。
  • 「開散麻痺」という名称だけでは、神経疾患が原因かどうかはわかりません。
  • 外転神経麻痺との鑑別では、外転範囲、左右注視での眼位変化、眼球運動の速さを確認します。
  • 急性発症や随伴する神経症状があれば、加齢のせいと判断せず精査します。

そもそも、開散とはどんな運動か

自分の指を鼻に近づけて見つめると、両眼は内側を向きます。これが輻湊(ふくそう)です。そこから遠くの景色を見ると、内向きを緩め、両眼の視線をほぼ平行に戻します。この動きが開散です。

遠くを見るときに両眼の向きが合わず、内側へのずれが残ると、左右の眼で捉える像がずれて二重に見えます。典型例では、読書時よりもテレビや遠方を見るときに困ります。[1]

近見では両眼が内向きになる輻湊、遠見では視線をほぼ平行に戻す開散の模式図
図2 正常な輻湊と開散。開散は、近見で内側を向いた両眼を、遠見に適した位置へ戻す運動です。視線の角度は説明のために強調しています。

“Divergency insufficiency-type ET is a common cause of distance diplopia in elderly adults.”

開散不全型内斜視は、高齢者の遠見時複視のよくある原因である。

Holmes, 2022[1]。ETは内斜視(esotropia)の略。

「開散麻痺」と「開散不全」は同じなのか

ここが少し紛らわしいところです。古典的には、神経疾患に伴うものを開散麻痺(divergence paralysis)、他の神経症状を伴わないものを開散不全(divergence insufficiency)として区別してきました。しかし、文献によっては両者が重なって使われます。[2]

現在は、眼球周囲の支持組織の加齢変化でも同じ眼位パターンが生じることがわかっています。そのため、「開散不全型内斜視」は見え方と眼位のパターンを表す言葉として捉え、原因は別に評価すると理解しやすくなります。[1][3]

“alternate etiologies have been introduced that do not necessarily imply insufficient divergence amplitudes as the cause of this disease-state.”

この病態の原因が、必ずしも開散能力の不足とは限らない別の成因が示されている。

Pineles, 2015[2]

高齢者では、眼を支える組織の変化でも起こる

高齢者の開散不全型内斜視の原因として重要なのが、sagging eye syndrome(SES)です。

眼を外側に向ける外直筋は、周囲の結合組織に支えられ、一定の通り道を保っています。加齢によって外直筋と上直筋をつなぐ支持帯が変性すると、外直筋の通り道が下がり、眼を外向きに引く作用が弱まります。左右に同様の変化が起こると、遠見で内斜視になることがあります。[3]

「筋肉へ指令を送る神経」だけでなく、「筋肉の位置を保つ支持構造」も眼位に影響するということです。SESは開散不全型内斜視のすべてを説明するものではありません。

上直筋と外直筋をつなぐ支持帯の加齢変化により、外直筋の位置が下方へずれる概念図
図3 Sagging eye syndromeの機序を示す概念図。支持帯の変性に伴う外直筋・プーリーの下方偏位を表しています。深部の支持構造を前方へ投影した模式図で、実際の手術視野や解剖学的断面とは異なります。文献3の説明に基づく独自作成図。

“Degeneration of the LR-SR band has been postulated to permit inferior sag of the LR pulley”

外直筋と上直筋をつなぐ支持帯の変性により、外直筋のプーリーが下方へ垂れ下がると考えられている。

Chaudhuri & Demer, 2013[3]。プーリーは、筋の通り道を支える構造です。

外転神経麻痺とは、どこが違うのか

開散は、両眼のなす角度を調整する運動。外転は、片眼を耳側へ動かす運動です。外転神経麻痺でも遠見で複視が強くなるため、「近くは見える」という訴えだけでは区別できません。[2]

診察の視点典型的な開散不全型内斜視外転神経麻痺
遠見と近見遠見で内斜視・複視が強い遠見で強くなることがある
外転範囲通常は保たれる制限されることがある
左右を見たときのずれ比較的一定麻痺した外直筋の作用方向で増えやすい
外向きの急速眼球運動通常は速度が保たれる遅くなることがある

表は典型像です。軽い両側外転神経麻痺は見分けにくく、肉眼で外転制限が目立たないこともあります。眼科では、遠見・近見の斜視角、左右注視での変化、眼球運動の範囲と速度を組み合わせて評価します。[1]

内科・救急外来では、何を確認するか

最初に、片眼ずつ覆ってもらいます。どちらの眼を覆っても二重像が消えるなら、両眼の位置のずれによる両眼性複視を考えます。片眼だけで見ても二重像が残る場合は、別の機序を検討します。

続いて、遠くと手元で症状を比べ、発症時期、進行、日内変動を確認します。眼球運動に加え、眼振、瞳孔、眼瞼下垂、構音、四肢の筋力・協調運動、歩行も評価します。日内変動や易疲労性があれば重症筋無力症、眼球突出や運動制限があれば甲状腺眼症も鑑別に入ります。[2]

神経疾患に伴う開散不全には、頭蓋内圧亢進、脳幹病変、水頭症、小脳系の疾患などが報告されています。遠見での内斜視だけから、特定の脳の部位に病変があると決めることはできません。[4]

“The clinical neurologic evaluation is a powerful tool”

臨床的な神経学的評価は、有力な判断手段である。

Jacobson, 2000[4]。神経疾患に伴う症例を見分けるうえでの、病歴と神経診察の重要性を述べた一節です。

突然発症した複視は、速やかな評価が必要です。特に、新たな強い頭痛、片麻痺、構音障害、歩行障害、意識の変化、乳頭浮腫などを伴えば、脳血管障害や頭蓋内圧亢進を念頭に緊急評価します。若年者、進行例、眼球運動や神経診察に異常がある症例も、神経眼科・神経内科との連携や画像検査を検討します。

一方、典型的な加齢性の所見がそろい、他の神経症状がない症例では、専門的な診察を踏まえて画像検査の必要性を個別に判断します。「神経診察が正常だから、画像は絶対に不要」という意味ではありません。[1][4]

めまいを伴う場合の診察については、当サイトの「HINTSは『眼振がある患者』にだけ使う検査」も参照してください。HINTSは、複視だけを主訴とする患者に適用する検査ではありません。

治療は、原因への対応と複視の軽減

神経疾患などの原因があれば、その治療を行います。加齢性・非神経性の開散不全型内斜視では、プリズム眼鏡や斜視手術が主な選択肢です。

プリズム眼鏡は、光の進む方向を変えて左右の像を合わせます。通常は基底外方(base-out)のプリズムを使用します。ずれが大きい、プリズムで十分に対応できない場合などには、外眼筋の作用を調整する手術を検討します。[1]

成人110人を対象にした前向き観察研究では、12か月時点の成功率はプリズム群で62%(16/26人)、手術群で79%(57/72人)でした。成功の定義は、遠くを正面視した際の複視が「まれ」または「ない」で、別の治療を開始していないことです。[5]

ただし、治療を無作為に割り付けた研究ではなく、手術群の82%にはプリズム治療歴がありました。この数字だけで、手術のほうが優れるとは言えません。また、神経疾患による開散麻痺すべてに当てはめられる結果でもありません。

“We did not compare success rates between surgery and prism cohorts”

手術群とプリズム群の成功率を比較することはしなかった。

Crouch et al., 2021[5]

診療で持ち帰りたいこと

「遠くで二重、近くでは楽」という訴えは、開散不全型内斜視を考える手掛かりです。そこで病名を付けて終わらず、外転神経麻痺に似ていないか、他の神経症状はないか、加齢性の支持組織変化で説明できるかまで確認することが、非眼科医にとって大切です。

参考文献

  1. [1]Holmes JM. Evaluation and Management of Divergence Insufficiency-Type Esotropia. J Binocul Vis Ocul Motil. 2022;72(4):230–233.
  2. [2]Pineles SL. Divergence Insufficiency Esotropia: Surgical Treatment. Am Orthopt J. 2015;65:35–39.
  3. [3]Chaudhuri Z, Demer JL. Sagging Eye Syndrome: Connective Tissue Involution as a Cause of Horizontal and Vertical Strabismus in Older Patients. JAMA Ophthalmol. 2013;131(5):619–625.
  4. [4]Jacobson DM. Divergence insufficiency revisited: natural history of idiopathic cases and neurologic associations. Arch Ophthalmol. 2000;118(9):1237–1241. doi:10.1001/archopht.118.9.1237.
  5. [5]Crouch ER, et al. A prospective study of treatments for adult-onset divergence insufficiency–type esotropia. J AAPOS. 2021;25(4):203.e1–203.e11. doi:10.1016/j.jaapos.2021.02.014.

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