これまでに特に既往のない方のめまいで、前庭神経炎と診断がついた症例を経験しました。血液検査でCRPが軽度上昇しており、ふと「前庭神経炎って炎症と名がつくくらいだから、CRPも上昇するのか・・・・?」と疑問に思い調べました。
まずは一般事項の復習です。
原因
前庭神経炎は、体のバランスを保つ前庭神経が障害されることによって引き起こされます。 その詳細な機序は完全には解明されていませんが、主にウイルス感染による障害が推定されています。特に、一部の症例では単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)が前庭神経節ニューロンで再活性化することが原因と考えられています。
発症の数日前〜数週間前に、風邪などの上気道感染(先行感染)を認めるケースが約30%あると報告されています。 ただし、「先行感染がないからといって前庭神経炎を否定する根拠にはならない」点に注意が必要です。
検査
診断や病態把握のために、主に以下の検査が行われます。
- 眼振検査(Frenzel眼鏡): 安静状態でFrenzel眼鏡を装着し、眼振を観察します。前庭神経炎では頭位に関係なく出現し続ける「方向固定性水平性眼振」が観察されます。眼振の「急速相(素早く動く方向)」は、障害された前庭神経とは逆側に向かうのが特徴です。
- 前庭神経炎において、眼振の急速相が「右向き」である場合、傷害されているのは「左側」の前庭神経になります。
- 前庭神経炎などでみられる「方向固定性水平性眼振」では、眼振の急速相(素早く動く方向)は、障害された側とは逆の方向(健側)に向かうという重要なルールがあります
以下、方向固定性水平性眼振の動画です。
- 温度眼振試験(caloric test): 耳に冷水や温水を入れて反応を見る検査で、患側(障害されている側)の反応性低下が認められます。
- 血液検査(血清HSV-1抗体): 単純ヘルペスウイルス1型の再活性化を示唆する抗体の測定を行うことがあります。
- 頭部MRI検査: めまいを起こす「中枢性病変(小脳梗塞や脳幹梗塞など)」を除外するために必須となります。
4. 診断方法
前庭神経炎の診断は、特徴的な臨床症状と検査所見を組み合わせ、さらに危険な中枢性疾患を除外することで行われます。
- 特徴的な臨床症状の確認:
- 持続性の回転性めまい: 数日〜週単位で持続する強いめまい(急性前庭症候群:AVS)が生じます。
- 蝸牛症状がない: 難聴や耳鳴り、耳閉感などの蝸牛症状を伴わないことが重要なポイントです。
- 他の脳神経症状がない: 顔面神経麻痺などの他の神経症状を伴わず、めまいのみを呈します。
- 眼振所見と温度眼振試験: 前述の「方向固定性水平性眼振」の確認と、温度眼振試験での患側の反応低下を確認します。
- 中枢性疾患の除外: 脳血管障害(小脳梗塞など)も同様の持続性めまいを起こすことがあるため、頭部MRI検査によってこれらを確実に除外して初めて診断が確定します。
前庭神経炎とBPPVの鑑別
前庭神経炎と良性発作性頭位めまい症(BPPV)は、どちらも内耳から前庭神経にかけての障害で起こる「末梢性めまい」の代表的な疾患ですが、その臨床像や眼振の特徴から鑑別が可能です。
重要な鑑別のポイントは以下の4点になります。
✅️ めまいの持続時間と安静時の状態
- 前庭神経炎:強いめまいが日〜週単位で持続します。安静にしていても、めまいが持続するのが特徴です(急性前庭症候群:AVS)。
- BPPV:めまいの持続時間は通常1分以内(長くても数分程度)です。めまいが治まった後に安静にしていれば、めまいは消失して無症状になります。
✅️ めまいの「誘発」と「増悪」の違い
- 前庭神経炎:安静時にもめまいがあり、体位変換によってめまいが**「増悪(exacerbated)」**します。
- BPPV:特定の頭位変換(寝返り、起き上がり、おじぎなど)によってめまいが**「誘発(triggered)」**されるのが最大の特徴です。つまり、頭を動かしたときにだけめまいが出現します。
✅️ 眼振(眼球の異常な動き)の特徴
- 前庭神経炎:頭の位置に関係なく、安静時にも一方向に向かって動く**「方向固定性水平性眼振」**がみられます。
- BPPV:安静時には眼振を認めません。特定の頭の動きによって眼振が出現し、頭の向きによって眼振の方向が変わる**「方向交代性眼振」**や回旋性の眼振などを呈します。
✅️ 有効な診察・誘発テスト
- 前庭神経炎:頭部急速回旋試験(Head impulse test)などで、前庭動眼反射の異常(患側へ素早く頭を動かすと視線がずれる)を確認します。前庭神経炎などの前庭神経の障害では、この検査によって前庭動眼反射の異常が確認されます。
- BPPV:耳石が半規管内を移動することでめまいが起こるため、原因となっている半規管を特定する誘発テストが有効です。後半規管型にはDix-Hallpike test、外側半規管型にはSupine head-roll testを行い、眼振が誘発されるかを確認します。
本題:前庭神経炎でCRPは上昇するか
前庭神経炎においてCRPは上昇します
「Klokman VW, et al. Blood Biomarkers for the Diagnosis of Peripheral Causes of Vestibular Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis. Otol Neurotol. 2025;46(9):e359–e369. DOI: 10.1097/MAO.0000000000004608」 を参考にしました。
本論文は、末梢性前庭症候群(PVS)の診断を補助する低侵襲な血液バイオマーカーの有用性を評価した初のシステマティックレビューおよびメタ解析です。
本論文では、PVSとは、めまいや平衡障害、その他の感覚神経症状を呈する末梢性の疾患群を指します。これには、以下のような日常診療でよく見られる疾患が含まれています。
- 前庭神経炎(Vestibular neuritis: VN)
- 良性発作性頭位めまい症(Benign paroxysmal positional vertigo: BPPV)
- メニエール病(Ménière’s disease: MD)
- 内耳炎(Labyrinthitis)
上記患者と健常者を比較した34の研究を対象とし、31種類の血液マーカーの鑑別能力について解析を行いました。
解析の結果、内耳特異的タンパク質である「otolin-1」がPVS群で有意に高値を示し、末梢性病変を鑑別する有望な指標となることが示されました。
■本論文における前庭神経炎(VN)単独のサブグループ解析(3つの研究、計362名)において、健常者(コントロール群)のCRP平均値が1.1〜3.96 mg/Lであったのに対し、VN群では平均2.6〜21.7 mg/L(おおむね2倍〜5.5倍程度)と、統計学的に有意な上昇が確認されました(p=0.02)。この結果は、前庭神経炎の背後に全身性の炎症プロセスが関与していることを直接的に裏付けるものです。
(日本の日常診療ではCRPを「mg/dL」で扱うことが多いため、もし「mg/dL」に換算する場合は数値を10分の1にする必要があります(例:3.57 mg/L = 0.357 mg/dL)。)

■また、論文で行われた疾患別の解析により、前庭神経炎の患者ではCRPだけでなく、以下の全身性炎症・急性期マーカーも持続して有意に上昇していることが確認されました。
- フィブリノゲン(Fibrinogen)
- 白血球数(Leukocyte counts)
- 好中球数(Neutrophil counts)
また、補足資料の個別研究データを見ると、好中球リンパ球比(NLR)や血小板リンパ球比(PLR)についても、前庭神経炎患者において有意な上昇が複数報告されています。特にNLRは、めまいの重症度(Dizziness Handicap Inventoryスコア)を反映する可能性も示唆されています。
■内耳特異的タンパク質「Otolin-1」
末梢性めまい全体で非常に有望な指標とされた内耳特異的タンパク質である「Otolin-1」ですが、VN単独の解析においても健常者と比較して統計学的に有意に上昇していることが確認されました(p=0.002)。これは全身の炎症ではなく、内耳そのものの病変を直接的に反映する客観的なマーカーとして非常に重要です。
参考文献
- https://www.youtube.com/watch?v=cr7N-Z6Dpi0 (2026年6月25日閲覧)
- Klokman VW, et al. Blood Biomarkers for the Diagnosis of Peripheral Causes of Vestibular Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis. Otol Neurotol. 2025;46(9):e359–e369. DOI: 10.1097/MAO.0000000000004608


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